2013年6月3日月曜日

73. 愛の架け橋諫早の眼鏡橋 2

昭和32年の大水害後、再発を防ぐため本明川の拡幅とかさ上げ工事のため眼鏡橋は
翌34年に解体工事が始まり、昭和35年7月に組み立て工事が着工され36年9月に
現在の諫早公園に移設されました
移設作業は橋の石材1個1個を分解して記号を付け保存し新しい場所に移し組直すという
手間暇のかかる作業だったと言われています

橋の中央部の分解作業中に謎めいた線画が彫りこまれている1個の石が見つかりました
移設作業には工事関係者のみならず、橋の文化的な価値、歴史的な構造物であったので
諫早市はもとより文部省の技官などが工事に立ち会っておられこの謎の文様の石の意味が
解読されました
それは当時としては高度な建築技術のアーチ橋が決して壊れることがないように
永遠の不壊(ふえ)の橋をとの願いを込めた男女の秘め事を呪いとして彫りこんだものと言われています


石に彫りこまれた文様 
現代では公共の施設に不謹慎と言われそうですが何事にもおおらかであった時代の
切実で必死な思い入れの中に可愛くも微笑ましい往時の人々の思いが伝わってきます
     

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